体感のないところに、ホントの共感はない

こんにちは。
摂食障害カウンセリング
中村綾子です。

以前、自分で自分のチョコを禁止していました。

それは、友人の挙式までに、肌荒れを治すためでした。
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チョコ禁の話を、別の友人にすると・・・

「すっごいストレスだよね~~!」

満面の笑みとともに、かえってきた言葉でした。

きっと、この友人にも、ガマンし続けてストレスを感じたことがあるって、思いました。

こうした、同じ経験をしているからこそ、心底「わかる!」に繋がるんですよね。

私が、10回の転院を繰り返していく中で、求めていたものは、「分かってくれること」でした。
けれど、「分かる」という言葉に違和感を感じるようになりました。

「太るのが怖いんです」

『分かるよ』

「食べたら、どんどん太っちゃう気がして・・・」

『分かる』

そんなカンタンに「分かる」と言われても、ホントに「分かって」くれたんだろうか?

目の前の主治医は、
摂食障害になったことがないはず。

食べることもフツー
仕事もある

体重もフツー
着る服もフツー

少なくともブランク無しで医者をやってみた経歴を見る限り
食に翻弄され、生きることさえもどうでもよくなった経験を
持っていないと思ったのです。

それなのに・・・

どうして「分かる」ことが出来るのか?
「分かる」って、一体、私の気持ちのどれくらいを、「分かって」いるの?!

太ることが恐怖でたまらなく、24時間それしか考えられなくなった私の心。

「分かってほしい」と思い続けてきたものの、
「分かる」という言葉に怒りさえ湧くようになっていきました。

だから、思います。


体感の無いところに、本当の共感はない。

同じ経験が無いのだから、分からないのは当然です。

むしろ、気安く「分かる」ということこそ、傷つく場合もあるんです。

私は、決して、何もかもあなたと同じ経験をしていません。

けれど、約7年もの間、
同じように、食べること、太ること、そして生きることで、悩み続けた時間がありました。

だから、少しだけ「共感」出来るかもしれません。