「普通」という枠組みがしんどい:私の摂食障害が治った理由

摂食障害専門カウンセリング
中村綾子です。

どうやって自分は治ったんだろう?
なぜ、治ることができたんだろう?

自分の摂食障害について、繰り返し振り返っています。

以前にも書いていますが、私の摂食障害は、
「生き方への問い直しだった」と思っています。

がむしゃらに努力するだけで
何でも手に入ると思ってきた生き方から
「楽しい」と「ラク」を求める生き方へ

さらに、もう1つ最近気づいたことがあります。

それは、「普通という枠組みが苦しかった自分」と
「普通から自由になってラクになった自分」です。

今、振り返って考えてみると、
両親から、常に「普通であること」を求められてきたように思います。


良くても悪くてもダメ

学校に行かないのは普通じゃないから、
どんなにいじめられても登校を強制された小学校時代

地区トップ高を受験することは
普通じゃないから、大反対された中学時代

10代で留学するのは普通じゃないから
丸4年、反対され続けた交換留学

そして、普通に就職して、普通に結婚することを求められてきました.

大学院を辞めても
普通に就職するために就職活動

「就職できないなら結婚」と言われ、
婚活をしてきた日々。。。

苦しさを感じながらも、
当時の私は、何がどう苦しいのか
自分が何に苦しんでいるのか

考える力も
表現する力も
ずっと、私の中には全くありませんでした。

だから、「私」が「私」でいられない苦しさが、
「私」を苦しめて、【摂食障害という表現】をするしかなかったのだと思います。


その後、「普通から自由になってラクになった自分」とは、
完全休養を許された時でした。

就職しなくてもいい
しばらく家に居ればいい

そう言ってくれたのも、母でした。
当時、私は28歳でした。

摂食障害の診断から、すでに5年近く経過していました。

摂食障害の治療には通っていたものの、
それ以外、何もしないという生活は、
決して「20代の普通」ではなかったと思います。

けれど、それが完全休養につながり、
『普通という枠組み』から自由になった時なのです。

完全休養を許した当時の母の心境
■「好きなことをやればいいと思った」

普通に就職しないこと
普通の20代として生活していないこと

それが許されました。
許されてから、家の中で穏やかに過ごせる日々が増えていきました。

だから、摂食障害の回復がまた一歩進んだのです。

摂食障害に悩み続け、自分を責め続けていませんか?

「ふつう」に働けない自分なんて・・・
夜遅くまで働くのが「ふつう」なのに・・・

「ふつう」なら、結婚して子育てしている年齢なのに・・・
「ふつう」は、イヤなことでも頑張るのに・・・

毎日学校行くのが「ふつう」なのに・・・
「ふつう」は辛くても学校に行くのに・・・


こんなふうに、あなたも「普通という枠組み」に縛られ、苦しみ、そして、摂食障害という症状で訴え続けていませんか?

自分の苦しさにさえ、気づいていない方も、
実は多くいらっしゃるのかもしれません。

もし、「普通という枠組み」から自由になって考えたら、
あなたは何をしているでしょうか?

やりたいこと
やりたくないこと

行きたいところ
行きたくないところ

会いたい人
会いたくない人

いろんなことを、自由に想像してみて欲しいのです。

「普通という枠組み」に合わせるのがしんどいなら、
「しんどい」とちゃんと言葉にしていきましょう。

「みんなと一緒」だけが生きる道ではなく、
「あなたにしか出来ないこと」がきっとあるはずです。