摂食障害に「合わせすぎ」の生活を送るあなたへ

摂食障害専門カウンセリング
中村綾子です。

「摂食障害だから」と、いつも言っていませんか?

今は、「摂食障害だから」、いろんなことが免除されているかもしれません。

学生なら、

出席日数が大幅に免除されたり
学校行事が自由参加の状態になったり
提出物が暗黙の了解のもと免除されたり

社会人なら、

休職が使えたり
両親に養ってもらえたり

さらに、

食費に膨大なお金をつぎ込むことも
嘔吐した後のトイレが汚いままになっていることも
夜中にコンビニに走ることも

「摂食障害だから」という言葉で、
出来てしまっているのかもしれません。

けれど、「摂食障害だから」という言葉をいつまで言い続け、いつまでそれに守られ続けることを選んでいくのでしょうか?

私は、「合わせすぎ」てしまうことで、ずっと治らない人たちが多いことを痛感しています。

「合わせすぎ」によって
普通が何かが分からなくなったり

周りが「合わせすぎ」によって、
特別扱いされていることが
当たり前になり過ぎたり

ご家族の「合わせすぎた接し方」が当たり前になって、
摂食障害ご本人の治る意欲が沸いてこなかったり

いろんな弊害を感じています。

・・・

私の留学経験は、何度もブログで書いているので、
幼い頃から英語が得意だったと勘違いされやすいですが・・・

中学2年まで、私の英語はかなりダメダメでした。

アルファベットが全ては書けず
ローマ字も分からず
Be動詞が何かわかりませんでした。

ローマ字を習う時期の小学校4年生で、
不登校だったので、

ローマ字が出来ないまま中学生になり、
英語全体をニガテ以上に「ムリ!」という意識が強かったです。

でも、先日のブログ記事の通り、中学2年から入った塾に救われて、英語の成績も急上昇していきました。


理由は、
レベルに合わせた授業では無かったから。

誤解の無いようにもう一度説明しますと、

私の低いレベルに合わせた授業ではなく、
普通の中学2年生の授業を受けていたからです。

フツーに教科書に沿って
フツーに声に出して読んで
フツーに文法を学んで

塾の授業も、そんな授業でした。
それが、低レベルな私に良かったのです。

もし、低レベルな私に「合わせた授業」なら、

アルファベットの書き方を説明されたり
アルファベットの練習が宿題だったり
ローマ字を別室で教わったり・・・

といったやり方だったのかもしれません。

でも、こうした特別なやり方だったら、当時の私はもっともっとイヤになっていたと思うのです。

分からないなりに、同じ授業を受け続けること。
分からないなりに、「今の教科書」の勉強を続けること。

これらが、「自分は学校に行っていないから、ダメなんだ・・・」と思うことなく、普通の中学生としていられた経験になったと思います。

母が個人面談の時に、私の不登校話は伝えてあったので、塾の先生もご存じでした。

でも、塾では「フツーの生徒」として扱ってくれたのが、やっぱり嬉しかったのです。

今、摂食障害に「合わせすぎ」になっていませんか?

摂食障害に悩んでいるあなた自身も、
摂食障害のご家族も、

みんなで、「摂食障害に合わせること」で、どんどん摂食障害の世界に浸ってしまっていませんか?

ストレートに言うなら、
摂食障害の人に合わせてくれる世の中ではありません。

今後、どんなに心の病が増えても、社会が「摂食障害の人専用」に変わることは無いと思っています。


普通になりたいのなら、
普通の生活をめざすこと。

今すぐ出来ても出来なくても、
普通の生活を「目指す」こと。

摂食障害の病気仲間と密に連絡を取り合うよりも
一般の学校・会社で出会った友達と接していくこと。

普通になりたいのなら、
普通の食事を普通に1人前注文して、
あなた自身でちゃんと感じてみること。

普通になりたいのなら、
普通の見た目になることが必要なことを痛感すること。

そして、

摂食障害の娘さんに、
普通になってほしいのなら、
まずはご家族が、「特別扱い」を辞めることが不可欠なのです。

コレ、言えますか?