カウンセラー中村綾子のプロフィール

摂食障害専門カウンセリング
中村綾子です。

私のプロフィールです。
拒食症の発症当時から、現在までの様子です。

食べられない、眠れない。

希望していた大学院の入学を目前に控えた頃、
自分の理解できない症状に、ただただ戸惑うばかりでした。

食べようとしても、
顔が急に真っ赤に火照って、食べられない。

眠いはずなのに、
全然眠れない。

体重が減っていたことも
生理がずっと止まっていたことも
気づいていました。

心理学を学んできた学生として、
「摂食障害」「拒食症」という言葉は知っていました。

でも、それが自分の身に起こるとは全く思っていなかったのです。

生理がないから婦人科を受診すると、
低体重すぎて治療できないと言われました。

そして、心療内科を紹介されました。

はじめての心療内科

生まれて初めて入った心療内科の待合室。

広くて
綺麗で
イマドキの雰囲気。。。

いかにも暗くて、シーンとした人たち。
いかにも怠そうで、寝ている人たち。

学生のはずの私も、
つい数か月前までカナダに居た私も、
この人たちと同じなのかなぁ。。。

不安よりも恐怖よりも、「何がなんだかわからない」状態でした。
なんとなく、ぼーっと周りの様子を見つめていました。

待ちに待った診察で言われたのは、二者択一。

「体重を自分で増やせるのか
入院するのか」

何も答えることはできませんでした。
ただ入院だけは拒否しました。

体重って何だろう?
心って何だろう?
誰も私のことを分かってくれない・・・。

そんな想いで、ラコール(栄養剤)といくつかの薬が処方されてはじめての心療内科が終わりました。

心の病気なのに、心を診てくれない

その後、何度も何度も転院しました。

ちゃんと話を聴いてほしくて
ちゃんと私の心と向き合ってほしくて


でも、聞かれるのは・・・

食べているか食べていないか
イライラするか、イライラしないか。

そして、体重測定。。。

●kgにならないと、大学院に行ってはいけない。
体重が増えれば、考え方が変わる

心がツラい。
自分でもそう分かっていたはずなのに、
体重ばかり指摘される診察を続けるうちに、「体重がすべて」という考え方に洗脳されていきました。

39.999kgでもいいから、30kg台でいたい!

体重がすべてという考え方に洗脳されてしまいました。
そして、体重への執着が一層ひどくなっていきました。



入院しても2kgしか増えなかった体重は、
その後過食になり、どんどん増えていきました。

40kg目前になること、
どうしても、何が何でも40kgという数字にはなりたくなかったのです。

39.999999999999kgでもいいから、
30kg台という体重がほしい。

なぜ、そんなにこだわるのか。
何が魅力なのか。

当時の自分でも説明出来なかったと思います。

でも、体重が増えることが怖い。
体重が増えてはいけない。
40kgになったら、すごく太っている・・・。

そんな計り知れない恐怖を抱いていました。

体重と心の現実。

体重が40kgを超えても、
45kgを超えても、
50kgを超えても、
私の心は変わりませんでした。

心がラクになるどころか、
ますます辛くなっていきました。

その間、何度も転院しています。

体重は必要だけれど、
体重が全てではない。

体重も食べることも必要だけれど、
それだけで心は変わらない。

はじめて摂食障害の診断を受けてから、
何年も経過した後、ようやく気づいていきました。

体重が増えても変わらない心に、
気づくしかなかったのです。

1番ひどい過食の時期

大学院は、休学期間もありましたが、
すべての単位を取り終え、修了(卒業)を目前に控えた時、

修士論文不合格。。。

大学院を続けるか、
辞めるか。

一旦は続ける手続きをしたものの、
結局は退学。

大学院中退という現実
スクールカウンセラーという夢が立たれた現実
これから先、どうやって生きていくのかという不安。

毎晩毎晩、恐ろしいほど大きな不安が襲ってきて、
その勢いのままコンビニに走っていました。

たくさん買ったはずなのに、
あっという間に食べ切ってしまい、
またコンビニへ。。。

一番ひどい過食の時期でした。

その後、実家で療養し、
何もしない時期を経て、塾のアルバイトを開始しました。

塾のアルバイトから就職活動へ

就職活動しよう!と思った理由は、
塾で働くことが楽しかったからです。

まわりのアルバイトは全員大学生でしたので、
ずっと続けられる仕事ではないことは分かっていました。

でも、就職活動は全滅。

「大学院やめてから、何をしていたの?」
「すぐに正社員の仕事を探さなかった理由は?」

ほぼ毎回、就職面接で問われる「ブランクの1年」。
「過食していました」と答えられるはずもありませんでした。

この質問に心がボキボキに折れていきました。

全身不調と完全休養

就職活動が上手くいかなかった時期、
何か月も全身不調を抱えていました。

微熱
倦怠感
味覚異常
頭痛
全身の痛み
リンパ腺の腫れ・・・

たくさんの検査をして、
たくさんの病気を疑われて、
結果・・・経過観察。

摂食障害の通院とは別の病院通い。
心身ともに疲れ果てていきました。

その時、母が言ってくれました。

今すぐ治らなくてもいい。
就職できなくてもいい。
何もしないで、しばらく家にいればいい。


「普通に生きていけない私」をはじめて認めてもらえた経験でした。

それまで、普通という枠組みが、私はずっと苦しかったのです。



普通に学校に行かなければいけない。
普通に働かなければいけない。

小学校の不登校時代から
普通という枠の中で生きていけない自分に
大きな劣等感を抱いていました。

だから、がむしゃらに頑張るしかなかったのです。

カナダ留学も
大学院進学も
すべては自分がやりたかったことです。

でも、「頑張らない自分なんて自分じゃない」という気持ちから、
必要以上に、自分を追い込んできたのです。

上記の母の言葉で、私は初めて心から休むことができるようになりました。

摂食障害のための通院は続けていましたが、
就職活動のすべてを辞めました。
決まっていた面接も辞退しました。

起きたい時に起きて
寝たい時に寝て

テレビを観て
ゴロゴロして
気分が良ければ友達と出かけて・・・。

何かしたいという気持ちから
時々、以前からの趣味だったパン作りをしていました。

焼きあがったパンの写真をブログの載せて
コメントをもらったり、
ブログを通してパン教室の先生と知り合ったり。

自宅パン教室という方法を知り、
自分にもできるかもしれない!と急に思い立ちました。

パン教室とホントにやりたいこと

パンのライセンスは持っていたものの、
かなり素人同然。。。

でも、とてもたくさんの生徒さんが集まってくれました。

■パン教室時代の「さつまいもパン」


超・少人数制レッスンだったので、
1対1になることも多かったです。

たくさんの生徒さんから
いろんな相談を受けました。

留学したいけど、踏み出せない。
転職したいけど、仕事やめるのが不安。
家族と上手くいかない。
友達と上手くいかない・・・。

様々な悩みに触れるうちに、
ホントにやりたいことが蘇ってきました。

一緒に座って、
一緒に考えて、
話を聴いていたい!

やっぱり、カウンセリングがやりたい!
せっかく上手くいっていたパン教室を辞めるのは大きな葛藤がありました。

でも、ホントにやりたいことに気づいてしまった私は、
パン教室から新しい道に進むことを決めました。

カウンセラーとしての再出発

摂食障害だった時、
1番欲していたカウンセリングのカタチ。

実際に経験しているからこそ分かる摂食障害の辛さ。
心理学という確かな裏付けから説明できる心のカラクリ。

その両方からのアプローチこそ、
私が欲しかった摂食障害のカタチです。

だから・・・

摂食障害が治った「だけ」のカウンセリングにも、
心理学の知識「だけ」のカウンセリングにも、
ずーーーっと疑問を抱いていました。


治った自分が「知識+経験」の摂食障害専門カウンセリングを作ろう。

そう思ったのです。

最初はホテルのラウンジでカウンセリングを開始しました。
開始から2年後、より質の高いカウンセリングを提供していくために、
カウンセリング・オフィスを開設しました。

■名古屋カウンセリング・オフィス

摂食障害専門カウンセリングだから出来ること。

摂食障害専門カウンセリングでは、かつての私が望んでいたカタチを実現しました!

(1)個室

カウンセリングオフィスは、他のだれにも聞こえない、聞かれない場所です。

壁の薄い診察室や、カーテン越しに何人もの看護師さんが行き交うような病院。
私は何度も経験しています。

いつ・どこで・誰が聴いているか分からない不安に
ヒヤヒヤしていました。

でも、摂食障害専門カウンセリングでは、完全個室です!

ずっと抱えてきた悩み
ずっと苦しかった想い。

たくさん泣いても
たくさん笑っても
それでいい。

個室だから、自由にお話してください。

(2)完全予約制

時間に始まって
時間に終わるカウンセリング。

私がこだわっていることの1つです。

摂食障害時代、「予約制」とは名ばかりで
何時間も待たされた経験があるからです。

待つだけで、クタクタ。。。

摂食障害専門カウンセリングでは、
時間に始まるから、遠方からのクライアント様も、
きっちり時間通りにお越しになって、帰りの電車の時間にもきっちり間に合います。

(3)女性

身体の悩み
生理の悩み
便秘の悩み

摂食障害の悩みは、いろんなことが含まれます。

私も同じ女性として、いろんな悩みを抱えて生きてきました。
男性医師に話すことが、とても抵抗がありました。
だから、女性カウンセラーということも大きなメリットだと思っています。

(4)摂食障害の経験

治った後、どうなるの?
治った後、どんな生活をしているの?

私は、どんな病院に行っても、どんな治療者に会っても、
「治った人」に会えることはありませんでした。

いつも、医者 と 患者。。。。

「治った人」がどんな体型で、
どんな毎日を送っていて、
どんなふうに生きているのか。。。

摂食障害専門カウンセリングでは、私自身についてのご質問は、
何でもお答えします。

遠慮なく、お気軽におたずねください。

(5)心と体。心と食。食と体重のホントの話。

体重の回復に
心がついていかなかった日々。

見た目が普通になったからこそ、
悩んでいる自分がイヤでたまらなかった日々。

必死でカロリー計算して
ごく少量しか食べていないはずなのに、
全然やせていかなかった日々。

私はカウンセラーですが、
心だけで全て片付くとは思っていません。

心だけ
食だけ
体重だけ・・・という一部分ではなく、

あなたという「人」。

あなたという人、全体を見てお話することが、
実は、摂食障害の回復の近道なのです。

(6)心を『見える化』する

グラフや図をたくさん描いて説明しています。

■「コレ、言ってもいいですか?」の解説

心がしんどい時、
なんとなく聴いた言葉も、
ぼんやりとしか頭に入ってこなかった記憶があります。

だから、『見える化』なのです。

持参していただいたノートに書き写してもらってもいいです。
心って目にみえないからこそ、
『見える化』すると、分かりやすいのです。

摂食障害専門カウンセリングのこれから

クライアント様の社会復帰をサポートすることです。

私が、たった1年のブランクを追及されたように、
自宅療養の期間がある方にとって、社会復帰の難しさは、そのまま回復の難しさにも繋がっています。

摂食障害から回復し、
社会の中で生きていく人を多く輩出していくこと。

「摂食障害は治ることが当たり前」

この認識を社会に広めていくこと。
これが、私のカウンセラーとしての使命だと思っています。

治ることは当たり前なのだから、
その当たり前に向かって、回復をはじめていきませんか?

摂食障害専門カウンセリングの詳細は、こちらです。