摂食障害専門カウンセリング
中村綾子です。
先日の母の古希祝い。
お会計の後、私はとっても幸せな気分に包まれました。
ランチであっても、結構なお値段の食事だったので、それが3人分の会計はそれなりの金額でした。
でも、そうした金額を、フツーに財布から出して、フツーに支払って、幸せ気分に浸る。
そんな自分が嬉しかったのです。
なぜなら・・・
私が、拒食・過食に悩んでいた時、別世界に感じていたことだからです。
友人のひとりは、早くから働いていました。
20代の頃、再会すると、友人がおごってくれました。
家族の話をしていると「こっちが、何か買ってあげるほうだからさ」と言いました。
当時の私にとっては、別世界でした。
カナダ留学を終えて帰国したのが23歳。
その後、拒食症から始まった摂食障害。
大学院生という、まだまだ学生。
実家住まいという、「子ども」の立場。
自分の親に何かを買ってあげるという発想は全くありませんでした。
いつも、買ってもらう立場。
いつも、何かをやってもらう立場。
それが、当たり前すぎる生活でした。
だから、友人がおごってくれても、同級生なのに、なんだか親と一緒にいるような金銭感覚すら沸いてきました。
なんだかなぁ。。。。
当時は、まだ学生という身分に守られていました。
けれど、その「ちがい」を1番痛感したのは、学生でもない・社会人でもない時期です。
何もない自分。
そもそも、「自分のお金」なんて1円もない。
いつも「コレ、買って」と言い、
「コレ、欲しいんだけど」と聞き、
自分の身の回りのモノですら、何ひとつ自由に手に入らない。。。。
摂食障害のつらさは、
働けない自分を痛感するつらさ。
食べる・太るということが怖い、と言葉では言っていたけれど、
ホントは、もっともっと怖くて不安でたまらなかったのです。
自分って何だろう?
なんで、何もできないんだろう?
こんな自分は、社会に出ていけない。
みんなは仕事しているのに、自分だけ何もしていない。
同じ学校に行って、同じように机を並べていた友人たちは、
みんな「仕事」をしているのに、
自分だけは、働けなくて。
自分だけは、生きてること自体がものすごく苦しくて。
自分って何なんだろう。。。
どうしようもない大きな不安に襲われると、
その不安が怖くてたまらなくて、
夜中のコンビニに走っていました。
食べて食べて、
それでも食べて。
食べても何も満たされないのに、
目の前の食べ物がなくなると、また買いに走って。
太っていく自分が、
「みんな」とさらに違う生き物のように感じて。
何も美味しくないのに、
何も楽しくないのに、
猛烈なソワソワ感だけに、
突き動かされるように食べ続ける自分。
働けない自分と
社会に出るのが怖い自分。
「頑張ろう!」なんて思えなくて、
何も出来ないことがイヤでたまらないのに、
イヤな自分から、どんどん逃げて、さらに「イヤな自分」になっていく。
出来る仕事がない。
「やりたい仕事」以前に、何一つ「できる」なんて思えなかった。
バリバリ働くことと
簡単なアルバイト。
その両極端な働き方しか、世の中に存在しないんだろうか。
やりたい仕事を、
出来る範囲でやる方法。
残業もなく、
飲み会もなく、
イヤな付き合いもなく。
昼間だけ働いて、
昼間に終わって。
そんな「仕事」ってないんだろうか。
疑問でいっぱいの時、思い出すのが留学時代の風景でした。
交換留学の1年間は、地元の公立高校に通いました。
私がホストファミリーの迎えを待っていると、数学の先生が、こう言いながら笑顔で帰っていきました。
Have a nice evening !
その時、午後3時15分。
3時15分に教師は、仕事を終え、家に向かうのでした。。。
まだまだ外は明るい時間帯です。
仕事を終えてからの時間がある「働き方」。
そんな姿をぼーっと思い出しても、
過食ばかりの自分と「働けない自分」がいるだけでした。
・・・
働くということ。
摂食障害で、ブランクがある方にとっては、とても大きな課題です。
就職時、摂食障害を公にするかどうかは、悩みどころだと思います。
いろんな働き方があっていい。
働き方を選ぶことも、あなたの自由なのです。
あなたの自由だからこそ、
その自由を、存分に味わうためにも必要なことがあります。
それは、1日でも早く治ること。
今、「やりたい仕事がない」となげくのは、拒食・過食で頭がいっぱいいっぱいだからかもしれません。
今、「必死で働かなければ」と思ってしまうのは、エネルギー不足だからかもしれません。
今、「働くことってツライ」と感じるのは、心も体も、仕事以前に疲弊しているからかもしれません。
まずは治ること。
そのために、自分と向き合うこと。
向き合い方が分からない方は、ぜひこちらのメッセージをお読みください。