時間を経て、「感謝」に変わった言葉

2020/05/28修正

名古屋市・刈谷市
拒食症の母娘が笑顔になるカウンセリング
中村綾子です。

ふと振り返ると、摂食障害当時の気持ちとの『違い』を感じることがあります。

今回は、私自身のエピソードを振り返りながら、「母の言葉」「想い」をお届けしていきます。

歩きながらたべるのは止めて!

2006年秋、コンビニ過食が始まった頃、夜中や早朝に、抑えきれない過食衝動が襲ってきた。

食べたい!

どうなってもいい!

甘くて口の中で溶けていく時だけが、私の生活の中で、唯一の快感だった。

その一瞬の快感を欲して、真っ暗の中、コンビニに走っていた。

お店を出た直後、袋を引きちぎり、むさぼるように詰め込んでいた。

時に、お店の前で。
時に、歩きながら。

そんな私の姿に、母はがく然としていた。

歩きながら食べるのだけは、やめて!

食べたいなら買えばいい。
何を食べてもいい、沢山食べてもいい。

でも、歩きながら食べるのだけは、やめて。

・・・・

我が家では、幼い頃から当たり前でした。

おやつは、決まった時間に食べること。
遊びながら食べるのはダメ。

特に不満を感じたことなんて、1度もなかったんです。

電車の中やスーパーの中で食べるなんてありえないことでした。

他の子が食べていても、特に欲しいと思ったこともありませんでした。

ちょうど、日本人なら「はし&茶碗」でご飯を食べるのと同じくらい、私にとっては当たり前すぎる感覚でした。

けれど、私の過食が始まった時、母の言葉に反発しかありませんでした。

母に対する反抗。
世間体を優先する考え方への反抗。

当時は、文字通り取っ組み合いになっての大喧嘩。

「何も分かってくれない!」
「私より、世間体なんでしょ!」

数え切れないほどの取っ組み合いが繰り返されました。

母娘共々、ものすごく辛い時期でした。

でも、本当はそういう自分が嫌でした。

「当たり前」が当たり前でなくなってしまった自分も。

詰め込むように食べる自分も、目の色を変えてむさぼる自分も。

過食を繰り返すことで、増えていく体重も。

長い月日をかけて、試行錯誤していく中で、過食が少しずつ治まっていきました。

同時に、食べる量が減り、過食の頻度が減り、そして、「歩きながら食べる」ことにも終わりがきました。

・・・

それから何年も経った今、母の言葉に、全く違う想いがあります。

今は感謝しています。

あの時、母が言ってくれた言葉に。

それは、母が私を「病気」ではなく、「うちの子」としてみていてくれた証拠だから。

どんなに過食がひどくなっても、どんなに暴言を吐いていても、「うちの子」だから、しつけの基準が一切変わらなかったんです。

摂食障害が治っても・治らなくても、「うちの子」。

それが、母の「ありのままを受け止める姿勢」だったんだろうなぁと思います。

・・・

だからこそ、お母様方にお伝えしたいのです。

娘さんは摂食障害だから、何もかも許すことが、本当に愛情でしょうか?

受け止めることと、受け入れることには、違いがあるです。

摂食障害の理解のために、まずは1番大切なことに気づいていきましょう。