甘えたいのに、甘えられない。甘えたい時に甘えられない。甘え方が分からない。

摂食障害専門カウンセリング
中村綾子です。

甘えたいのに、
甘えられない人も。

甘えたい時に、
甘えられない人も、

甘えさせてあげたいのに、
甘えさせ方が分からないご家族も。

そもそも、摂食障害の子を甘えさせていいのかどうかわからない、というご家族も。

まずは、私の経験談からお読みください。
すっごく長いブログ記事ですので、お時間のある時にどうぞ(笑)。

公認心理師・中村綾子
プロフィール
著書一覧

私が1番甘えたくて、1番甘えられなかった時期に拒食症がはじまりました。

私が日本に帰国した時、いろんなことが変わっていました。

注:17歳~23歳までカナダ単身留学

当時、母の実家では、いろいろと問題が起こっていまして、家事などをやるために、母は母の実家に通うことが多くなっていました。

ずっと専業主婦だった母は、朝から晩まで家を空けるようになっていました。

母からすれば、週にほんの数回だけ。
私に家事を頼んだことは無い、と言われましたが・・・

私が朝起きるかどうかくらいの時間帯に、出勤する父親の車に一緒に乗って、母は実家(私の祖父母宅)に行ってしまいました。

そして、真っ暗になった頃、疲れた様子で母は帰宅するのでした。

ほぼ丸一日、ひとり。。。。

カナダ留学を終えて、
ようやく帰国した日本。

ずっとひとり暮らしで、
ようやく家族でくらせると思った生活。

でも、、、ひとり。

私の高校生までの生活では、母がずーっと家にいて、家事をして、お弁当も夕飯もすべて手作りで、冷凍食品もレトルト食品も、ほとんど見たことがない食生活が当たり前でした。

そんなに忙しい母を観たこともなく、「いつも家にいる人」で、そこに不満を抱いたこともあったけれど、「私の母親像」として、当たり前でした。

けれど。・・
カナダ留学を終えて、ひさびさの日本での生活は、ぜーんぶが変わっていました。

たしかに、頼まれてもいないし、強制なんてされていないけれど、だれもいない家の中で、家事をやるのは私しかいない、という気持ちから、洗濯機をまわしていました。

ちょうど、寒くなってきた秋頃、ベランダに出て洗濯物を干していたことを、鮮明に覚えています。

ひとりぼっち。

日本に帰ったら、●●しよう。
久々の家で、ぬくぬくしよう。
きっと、毎日、家族から「カナダでは、どうだった!?」と質問ぜめにされて、興味津々で私の話を聴いてくれるにちがいない・・・。

帰国する前、勉強ばかりで超ハードなスケジュールでしたが、大学院さえ受かれば、半年自由!という時間を楽しみに、大急ぎで受験勉強に励んできたのです。

でも、、、
受験期間(帰国~1ケ月)も、
合格してからも、
ずーっと、ひとりぼっち。

その時期、ほんとうに食べることが、うまく行かなくなりました。
それが、拒食症ときちんと診断される数ケ月前のことでした。

拒食症のはじまり頃の様子

お腹が空いたのに、食べようと思うと食べられない。
食べたいと思って買ってきたスコーンがあるのに、手にすると怖くなって食べられない。
顔ばかり熱く火照ってしまう。

そして、身体はイロイロと不調を感じていました。

胃の調子がわるい
だるい
震える・・・etc.

ずっと心理学を学んできたので、拒食症という言葉も診断基準も知っていました。

でも、「身体の病気さがし」ばかり続けていました。
いろんな検査をして、あちこちの病院に通って。
すべて、ひとりでやっていました。

その頃も、母は頻繁に実家に通う生活が、何も変わっていきませんでした。

甘えたいという気持ち

当時、自分が甘えたいという気持ちがあったのかどうか、自分でもよく分かっていませんでした。

でも、楽しみにしてきた日本での生活、入試後~入学までの半年間の自由、自宅でのこれまで通りの生活・・・といった思い描いていたものと、大きなギャップがありました。

ギャップが腑に落ちないというか、
ギャップをどう理解したいいのか分からないまま、

母は不在
自分は体調不良。

心のどこかでは、もっと心配してほしい、もっと甘えたい、もっと一緒にいたい。
そう願っていたと思います。

なぜなら、家族の中では私は末っ子で、母は専業主婦。
家の中にいれば、特に何かをするわけではなくても、いつもお互い家にいる存在だったからです。

当たり前が当たり前ではなくなった時
甘えたいという自分の気持ちにさえ気づくことが出来なくて
体調不良で病院通いばかりして、
ひとりで過ごす時間が
さびしいという気持ちと同時に
「日本に帰ってこなければよかったのかなぁ・・・」
「日本で、家族に、歓迎されていないのかなぁ・・・」と
シーンとした気持ちでした。

経験談は、とりあえずココまで。
次の項目は、今、摂食障害に悩んでいるご本人・ご家族に向けて書いています。

甘えたいを出せない・言えない人たち

甘えたいのに、
言い出せない人、
たくさんいます。

甘えたいという気持ちを
表現できない人
とても多いです。

ご家族は、
「言わないから分からない」と思うかもしれません。
「あの子は、大丈夫といったから」と言うかもしれません。

でも・・・
もっと過去を振り返ってみてください。

「言わない子」と決めつけていませんか?
「言える環境・関係」は出来ていましたか?

いつもしっかり者のお姉ちゃん
聞き分けのいい子
きちんとした優等生・・・etc.

そんなイメージで、ずっと接してきていないでしょうか?

作り上げられたイメージの中で、「甘えたい」とは言いだせないものです。

「言いたいことを、言いなさい!」ではなく、言える環境だったかどうかを、「ずーっと昔」までさかのぼって、ぜひ考えてみてください。

そして、言えないご本人様は・・・「言わないことが当たり前」「甘えないことが当たり前」になっていないでしょうか?

他の「きょうだい」が甘えているのをみていたり、
他の「きょうだい」が病気だったり
他の「きょうだい」がやんちゃだったり

いろんな状況で、「自分は親に迷惑をかけちゃいけない」「負担になってはいけない」と思っていませんでしたか?

ホントは、
子どもだから
甘えてもいい。

ホントは、
どんな子も
迷惑をかけるもの。

それなのに、自分はガマンしなくちゃ・・・と思っていませんでしたか?

ご家族へ:「この子は、大丈夫」と過信していませんか?

とてもとてもよくある声は

・この子は、大丈夫と思ってきました。
・この子は、強い子なんだと思ってきました。
・まさか、あの子がそんなに悩んでいたなんて。。。。
・甘やかして育ててきたんですが・・・
・聞いても「イイ」「いらない」しか、返事をしないんです・・・etc.

摂食障害という状態も
甘えが必要という言葉も、
受け入れられないご家族は、とてもとても多いです。

受け入れられないと
摂食障害の理解も進みません。

受け入れられないと
回復も始まりません。

大丈夫と思ってしまっていた時期が長ければ長いほど、受け入れることに時間がかかるかもしれません。

けれど、1日も早く「これまでのやり方・接し方が違っていたのかもしれない」と気づくことこそ、1日も早い回復につながるのです。

大丈夫じゃない現実
大丈夫じゃなかった過去。

だからこそ、ご家族から「治る行動」を開始していきましょう。

ご家族へ:摂食障害の「早すぎる安心」が、回復を止めたり、悪化させたりすることに、気づいていますか?

これは、摂食障害の回復が進んだ後の話ですが・・・

上記のように「実は、大丈夫ではなかったんだ」と気づいて、一時的にお嬢様への接し方が変わるご家族の方もいらっしゃいます。

その時期は、回復が少しずつ進んでいきます。

けれど、多くの場合、「早すぎる安心」をしてしまうみたいです。
「早すぎる安心」により、ご家族の考え方が元に戻ってしまうのです。

安心してイイのは、摂食障害からきちんと卒業した後です。

卒業とは

ご家族の考え方が元に戻るとは、

・以前のように「この子は大丈夫」と思ってしまう。
・「もう治ったんだから、これくらい・・・」と思ってしまう。
・体重などの見た目だけで、回復を判断してしまう

などが挙げられます。

「早すぎる安心」をしてしまうと、お嬢様の回復も止まってしまうか、逆戻りになってしまいます。

すると、摂食障害の長期化・慢性化につながっていくのです。

早すぎる安心を防ぐために・・・

・今、摂食障害の回復のどの段階にいるのか
・今、何に気を付けたらいいのか
・今すぐ、自宅でできることは何か

を、知ることが大切です。


ひとり一人によって異なりますから、じっくりお話してみませんか?