【カナダ留学と摂食障害】引越しと拒食症の発症

摂食障害専門カウンセリング
中村綾子です。

カナダ留学と摂食障害。
第4回目です^^

これまでの記事は、こちらです。

【カナダ留学と摂食障害】「食べる」がだんだん異常になっていった時期
【カナダ留学と摂食障害】胃の不調と出国延期。拒食症とのつながり。
【カナダ留学と摂食障害】日本人というプレッシャー

以前の記事にも少し書いていますが・・・
私のカナダ留学中、「実家まるごと引越し」が決まりました。

本当にいろんな事情が重なりまして、ブログで公開できない部分もありますが、ざっくりお伝えすると、、、

・兄の結婚
・祖母の他界
・祖父の廃業

ということが重なり、うちの両親と親戚が近くに住む、もしくは同居という話が出たようです。

さらに、兄の結婚で、その二世帯住宅にするとか、しないとか・・・

カナダ留学中は、母とメールでやり取りしていましたが、ある日突然、衝撃的なメールが入ったのでした。。。。

クリスマス直前!留学中の祖母の他界。

私のカナダ留学が、かなり終盤に近づいた時でした。

祖母が、緊急入院。。。。

すでに、病気でした。
余命宣告も受けていました。
でも、祖母は元気で、身の回りのことは自分で出来て、生活していました。

けれど・・・救急車で運ばれて、入院。
私がクリスマス休暇で帰国すると、ある日、家の電話が鳴りました。

それが、入院の時。

入院した途端、祖母の意識はもうろうとして、人が変わったように寝たきり状態に。。。。

この時、私がカナダに戻っていいのか、戻ることが正しい選択なのか、ホントに悩みに悩みました。

通常、両親が空港まで送ってくれましたが、一緒に来てもらえるのかどうかも微妙な状態に。。。

ひとりでカナダに戻るのか?
カナダに戻ってから祖母の他界の知らせを聞いたら、一体自分はどうなってしまうんだろう?

でも、今カナダに戻らないと予定通り卒業が出来なくなってしまう。
卒業ができないと、日本の大学院進学が、1年遅れてしまう。。。

苦渋の決断でしたが、当初の予定通り、カナダに戻ることを決めました。

そして、祖母の病室に、そのことを伝えに行くと・・・

「元気で、カナダに行ってきてください」

なぜか、ハッキリとした言葉で言ってくれました。
入院して意識がもうろうとして、ほとんど会話にならなかった祖母からの言葉。

これが、最期の言葉になりました。

カナダに戻り、授業が始まり、その後、落ち着かない日々が続いたある日、胸騒ぎがして、母に電話をしました。

すると・・・
電話には親戚が出て、葬儀場から帰ってきたところでした。

泣いて泣いて泣いて・・・
日本人の友達に電話して、さらに泣いて・・・

しばらくは勉強に身が入らず、
卒業できなかったらどうしよう!?という不安にもかられ、
とても大変な時期を過ごしました。

この時、大学のカウンセラーに大いに助けてもらいました。
私がカナダで出会ったカウンセラーについては、後日詳しく書いていきたいと思います。

衝撃的なメールで、「住む場所」の選択を迫られる

「綾ちゃんは、どちらの家に住みたいですか?」

ある日の母からのメール。
このメールを読んで泣きました。

これまで家族4人で住んでいた名古屋市内のマンションか、田舎に引っ越して建てる家か。

そんな二者択一を、カナダ留学中の私に聞かれても。。。
毎日の勉強で精いっぱい。
じっくり考える余裕なし。

田舎の場所を聞いても、愛知県内とはいえ、全く知らない土地。
どんな場所なのか、見たことも無い土地。
そこに「住みたいか?」と聞かれても。。。。

答えの出ないままでした。

帰国後。決まっていく新居と拒食症の診断

帰国して、1ヶ月後が大学院入試でした。

大学院に合格して、わーい!と喜んだのは、その時だけでした。
家の中が、ずーーっとバタバタだったからです。

両親は、新居の準備で忙しい。
母は、実家の片付けもあってさらに忙しい。
兄は、仕事・新居・結婚式準備で家にいない。

私は、知らない土地で暮らすことに心がついていかなくなりました。

だんだん、いろんな疑問が沸いてきました。これが、摂食障害が本格的に始まった時期だと思います。

・なんで日本に帰国したんだろう?
・帰ってこないほうが良かったのかな?
・日本では誰からも歓迎されていない・・・etc.

これまでのマンションに一人で住むという選択もありました。
でも、せっかく日本に帰ってきたのです。

これまで通り、家族で同じマンションで暮らして、同じ環境に居たいとずーっと願ってきました。

頑張って卒業したら、それが叶う!
6年間、ずーっとそう願ってきたのです。

でも、、、
いろんなことが重なり、両親が新居に住むことは決定事項。

私だけが、「どうするの?」と選択を迫られて、一応、新居に自分の部屋を作ってもらうことだけは決まりました。

主治医の言葉:「今、引越しは危ないでしょう」

そして、拒食症。
以前ブログで書いたことと重複しますが・・・家の中のバタバタ時期、私はだんだん食べられなくなっていきました。

食べようとするのに食べられない。
お腹が空いていたはずなのに、なぜか食べられない。
なぜか野菜ばかり食べてしまう・・・etc.

自分でも何が何だか分からない症状がたくさん出ていました。
そして、年明けに、婦人科⇒心療内科を受診し、拒食症の診断を受けました。

さらに・・・
大学病院に転院しました。

引越しの日程を伝えると、

「今、引越しは危ないでしょう」

と言われました。

引っ越したくない私にとって、主治医がこうした言葉を母に言ってくれたのは嬉しかったです。
でも、日程は日程。

母の実家のこともあり、引越し日程が動かせるはずもなく、「危ない」まま決行。
この時の心のキズは、長く引きずりました。

地下鉄の無い場所。はじめての田舎暮らし

大学院に進学後、引越しでした。

引越し後、、、田舎生活に、心がますます落ちていきました。

名古屋市内で生まれ育った私は、地下鉄に乗れば、どこでも自由に行くことが出来ました。
高校も、地下鉄の乗り換えを2回して通っていましたが、それほど苦痛ではありませんでした。

むしろ定期を利用して遊べるのが楽しかったのです(笑)。

でも、田舎。。。

無人駅
単線
15分に1本のローカル線・・・etc.

何もかも違って、
何もかも悲しくて、
何もかもうまく行かなくて、

ますます食べることが上手くいかなくなりました。

生活するということが
食べることの直結していること。

カロリーよりも、
落ち着いた心。

落ち着いた家庭環境。

それらが、摂食障害の直接影響すると断言できるのは、こうした経験からの実感です。
続きは、後日ブログにて^^
ご家族が共倒れにならないために、今できること。